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第31回「佐賀地区看護師卒後研修会」

第31回「佐賀地区看護師卒後研修会」が平成26年10月11日(土)に本校講堂に於いて開催されました。この研修会は佐賀市医師会の主催で「地域医療の向上は看護の質の向上である」との認識から、時代をリードする講師を招いて毎年開催しています。今回は「自然の回復過程を整える - 生活行動援助と手を用いるケアの価値 - 」と題して日本赤十字看護大学 名誉教授 川嶋みどり先生をお迎えしご講演頂きました。当日は県内の保健・医療・福祉施設の従事者183名本校専門課程学生131名が聴講しました。以下、参加した学生の感想を紹介します。

ケアとは何だろうと基礎看護学概論でグループワークをしたり、色んな理論家を学びながら考えた。本日の研修会では最初にケアの心とは何か、原点は何かを話された。授業では理論家の言葉を理解するのが大変だった。ケアの心は「女の子が弟の手を引いて外に出て転んでママを呼んでいる」と言う状況からもわかるように、幼いころからあると聞いて、難しいものではなく、本能的に備わっているものだと思った。また、看護ってすごい、清拭ってすごいと思った。少女トシエちゃんの清拭の話では、新人でも自分にできること、「どうにかしてあげたい」というケアの心を優先しておられ、生涯忘れ得ない貴重な体験をされていた。清拭は日常的なありふれたケアの1つだけど、副交感神経が優位になり食欲も出て免疫力も上がる。「気持ちよくて安楽で安全でこんなに価値があるのに雑にするなんてもったいない」と先生は言われていた。それを聞き私は何を目的に清拭を行っているのかわかっていなかったと反省した。日常的に入るお風呂は清潔にするだけではなくリラックスや気分転換にもなる。そんな日常的な当たり前の暮らしの中の感覚を目の前の患者さんにあてはめて考える余裕がなかった。先生の言われたようにそれをさりげなく行い整えることが自然治癒力の促進に繋がるのだと思った。また、看護師だからと言う訳ではなく人として持っている「手」は何でもできると思った。側にいて欲しいと思ってもらえる人としての器を持つ為には、自分を磨くことが大切であった。その為には知性、教養を持ち躊躇せずに触れてみるようにと先生は言われていた。「本当の優しさは自信があってはじめて」という言葉を大切にし、自分を信じ、自分の心のケアに素直になり技を磨いていきたい。

(専門課程1年Bクラス 北島 智美)


今回、川嶋先生の講演を聞くことができ、看護師という職業の素晴らしさを改めて感じたと同時に多忙な業務を言い訳に患者さんと接しているのではないかと自分自身を振り返り、胸が痛む思いがした。看護の心は人を気遣う気持ちから始まり、困っている人に何かしてあげたいと思うこともケアの心であり、それは幼いこどもでも持っている。つまり誰でも持っている心であると知った。人を心配したり治って欲しいから手を肌に当てたりすることそのものがケアだったのだと思った。背中が痛いと言う患者さんに無意識に疼痛部位を擦っていたり、手が冷たかったら温めようとする自分がいる。先生の話を聞いて私も看護の心を持っている、知識や技術は未熟でも人を大切に思うことは先輩と同じように持てていると少し自信が持てたような気がする。川嶋先生は看護という仕事に関心を持ち、「63年間続けてこられたのは、困難があったから。その困難を乗り越えた喜びは他でもない、自分のものだから」と言われた。毎日わからないことが多く、その度に患者さんに申し訳なく思っている。わからないことは素敵なことであり、私はその喜びに出会えているだろうかと振り返えると、些細なことでもわかる喜びを体験したからこそ、その上の喜びを体験したいと思っているのかもしれないと思った。私は人間が大好きだ。今回先生が教えて下さった体験から得た看護ステキの話の中からも患者の自然治癒力、治る力を引き出す看護は生活行動援助の専門性にあるということ、ひとつひとつに根拠があることを心に、患者さんをきちんと看ることができるようになりたいと思う。私は、今は未だ看護を愛しているとははっきりとは言えない。でも関心は常に持っており看護を知り学び自分のものにしたいと思っている。卒業する時、自信を持って先生のように看護を愛しているとはっきり言える看護師になっているよう学んでいきたい。多忙や不慣れを言い訳にせず、今日から"て・あーて"を心に留め、患者さんと向き合っていきたい。看護師と言う職業を選んで本当に良かったと思っています。

(専門課程1年Bクラス 古賀 絵理)


川嶋みどり先生の講演を聞いてケアのルーツは古来からあり、「人の役に立ちたい」というのが人間であること、またその気持ちがケアの心であることを学びました。10~17世紀の宗教的慈善事業や19世紀のケアの職業化、病人の細やかな配慮と工夫等先人たちの技術が受け継がれていることを知り、偉大さを実感しました。そして「看護の心」は日々の暮らしと共に始まっており、化膿した傷にはどくだみの葉が良いなど、祖母から母へ、母から子へと受け継がれていることを思うと先人の智慧や賢さが理解できました。相手と自分の相互作用から「ケアの心」が芽生え育つこともわかりました。幼いころから芽生えている「ケアの心」を大切に育てていくことも大事だと思いました。先生は私達学生へのメッセージとして、困難があってもチャレンジする価値はあることや看護の知と技への集積箱からこぼれ落ちてくるものをしっかりと受け止めて欲しいと話されました。看護の現場の実際は理想通りにいかないことが多いと思います。先生が話されたように量より質を大切にしていかなければ、経験年数を重ねるだけでなにも成長できないことを学びました。また「誠実さ」と「安全」を心がけ臨床の現場で学んでいきたいと思いました。看護師の手の話を聞いて、私が実習で足浴や洗髪をしたことでリラクゼーション効果を図ることに繋がったのは何故かを理解することができました。手から伝わる温かさや柔らかさが患者さんの心を癒すことができ、支援することで痛みを和らげ事もできたのだと思いました。私も川嶋先生のように患者さんを自然に癒すことができる「看護の手」を身につけていきたいと思います。 最後にこの講演で看護の奥深さと魅力を教えて頂きました。そして「看護の力」は一つ一つの経験を積み重ねて身に付くものだと思いました。私自身看護師としてやっていけるか不安を持っていましたので、この講演を聞き、私も看護師として何かできるのではないかと思うことができました。私の手が「看護師の手」になれるように今後臨床の現場で技術や人間性を高めていきたいと思います。川嶋先生の凛とした生き方を目標に取り組んでいきたいと思います。

(専門課程3年Bクラス 金子真由美)


今日は川嶋先生と出会えて本当に良かったと思いました。教科書で先生の名前はいつも見ていたので、家に戻って見てみると清拭のところに根拠として「熱布を用いた熱布清拭を行った場合、入浴に近い感じが体験できる」と文献が引用されていました。今日は先生から実際に脊髄腫瘍のために体力的に弱り、足がザラザラするほど入浴もできていない女の子の清拭の効果を実感された様子を聞いて、その教科書の一文を見た時、その一文に込められている先生の思いを私は知っているぞととても嬉しくなりました。教科書に中には沢山の引用文献がありますが、そのひとつひとつに色々な方が看護を実践され、患者さんとの関わりを通してエピソードのある根拠なのだと実感することができました。先生は清拭や足浴の効果としてゆったりリラックスするなど気持ち良い事は副交感神経を優位にし、消化器臓器の活発化、ナチュラルキラー細胞の活発化による免疫力アップ、また、患者さんは気持ち良い事をしてもらっている時は気持ちを解放し、コミュニケーションもとりやすく教育もしやすいなど色々な効果を聞き、根拠があいまいだったところもすっきり整理できました。足浴に加え先生が「とても気持ちいいのよ」と勧められる手浴や湯を使っての清拭を積極的に行っていきたいと思いました。先生が言われるように業務に流されるのでは満足感がないと思います。今日お話しを伺いこれからは「今日はこれをするぞ」と目標を決め時間を作りだし、能動的に関わることから始めようと思います。意識の持ち方で変わってくると思います。先生はとても優しいお顔をされ、長い間優しい気持ちで関わってこられたからだろうと思いました。また若々しくされており、東日本大震災の被災地で、TE―ARTE東松島の家を立ち上げ、手を用いた看護を熱く語られパワフルで本当に素敵な方でした。素敵な先輩方を目指し、毎日を頑張り日々振り返りを行いながら「看護」に取り組んでいきたいと思いました。

(専門課程3年Bクラス 諏訪 浩美)


文献に名前が書かれてある先生が目の前で講義をされることに嬉しく、どんなお話をされるのか楽しみにしていた。看護は特別のものではなく大昔から誰かの役に立ちたいという人間の本質であり、看護の心は日々の暮らしから始まっている。昔から行われてきた健康法や予防法にはケアの心が入っており、一方通行ではなく相互作用があると教えて下さった。確かに「看護」となると特別のもののように聞こえるが、誰かを助けたい、役に立ちたい、わが子が苦しんでいる時に側にいたいという気持ちは誰にもある。看護師という資格を持つからには、皆が持っている心以上に相手の為になることを思い、知識を活用し、関わることが大切であると改めて感じた。キラリ看護の中で書かれていた9歳の女の子との関わりを講演の中でも紹介され、日常生活行動の援助がどれだけ看護として重要なのか、看護の柱には安全だけでなく安楽という2つの柱があると話された。日本に古くから「垢では死なない」とか「垢も身のうち」という諺も通用しない重症の子でさえ、身体をきれいにするだけでこのように生命力を抑圧する何かから解き放たれたという話に、私達が先ず習う清拭は本当にすごい、奥が深いと感じた。長期実習では自分に何ができるのだろうか、学生としてできることを考え実践してきた。ケースレポートをまとめる中で、自分がしてきたことは間違いではなかったと知ることもあり、講演の中で話された「実習の中にも真実がある」という言葉に嬉しく思った。講演の中で「温かいタオルを胸につけるだけで深呼吸ができるでしょう」と言われ、「本当にそうだ」とわかっているが、知識と実践が結びついていないということを改めて認識した。東日本大震災の時、低体温症の人に看護学生が手で一晩中さすり、助かった命もあり、手があると何でもできると話された。そして何も出来なくても側にいて欲しいと思える人としての器は、私の看護師像でもある。側にいて欲しいと思われるには人として、看護師の知識、技術を持ち合わせ信頼してもらえることだと思う。 最後に先生に直接これから資格をとり、臨床に入る私達に心に止めて欲しいことは何かを質問することができた。たくさんある中でも「誠実に」「遅くてもいいから安全に」とメッセージを頂いた。心に留めて、困難にぶつかりながらも看護の素晴らしさを感じながら日々成長できるように頑張りたい。

(専門課程3年Bクラス 山口 智子)


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